じゃがいもマイスターの日記

じゃがいも好きな男が不定期更新で何か書きます ツイッターも不定期です

残された可能性

※初めに述べておきますが、SNS系や動画系のサイトを批判している訳ではありません。

いつも、思います。
ブログやSNS系がホームページの代わりとして、機能しています。
今じゃ動画関連のサイトもかなり増えてきています。

数年前、SNS系がなくかつ動画もまだyoutubeだけでホームページが全盛期の時代。
人は人とのつながりを求め、自らが興味を持った"何か"を検索し、第三者の存在するホームページに行き、充実した日々を過ごし、様々な出来事がありましたが、生きていました。
実名ではなくハンドルネームだけで会話を交わしつつも、交流を深めたあの日々。
そうなるには、人それぞれに理由はありました。

ある者は、自らの居場所を求めました。
ある者は、それを創りだして運営していきました。
ある者は、羨むために行きました。

その世界が懐かしく思えてなりません。
あの頃、何かしら私たちは、前へと進んでいこうとする力がありました。
しかし、そういったコミュニティが出来てから、過度な安心感が生まれました。

そこから、いつの間にか希薄化が生まれ、現在に至るものと思います。
理由は、現実もインターネットの世界も同一化してしまったからだと感じます。
同一化すべきじゃないんです。異質化している存在なんだもの。互いに。

目立たない自分の存在をこっそりアピールする世界こそ、インターネットの世界でした。
なのに、なぜ今のように、変わってしまう必要があったのか?
ネットの世界にのめり込むのが現実となっていく有様。

本当に楽しいのでしょうか。現実逃避のしすぎではないのでしょうか。
‥‥‥‥変わりゆくインターネットの世界は、いつからか崩れてきている気がします。
過去に戻ってほしいとか懐古な話だとかじゃなくて。

あの頃の風景を、今でも思い出します‥‥‥‥
何故、私がこんな事を言い出したのかといいますと、たくさんのホームページが閉鎖をし、今でも続けている古参のサイトが減ってきているからです。

時代?時の流れ?そんなものは、関係ない。決めるのは、自分自身の意志だと思います。
誰かのせい、誰かと一緒にいたいから‥‥ではなく、自分の気持ちで。
言いたいことは何かと言えば、たった一つ。

「もう一度、自分の周りを見つめ直そう」です。
それでは、またいつか。